でえやもんどとクリスタル

 駅前に〈いまなら半額!半額!〉とやたら声のでかいインチキ宝飾品屋台が出ていて
品が良いのか慇懃無礼なのか不明なワイシャツ姿の若者が手をメガホンにして怒鳴り散らしていた。

 口から金歯銀歯がこぼれ落ちるようなオバたちが糖尿患者の小便にたかる蟻のように集まっていた。

【クリスタル。アッと驚く二万!】というポップの前に水晶の首飾り。

 下品なほどにでかい水晶がぶらさがっている。

 すると店員がさらに巨大な声で〈三つで一万円!〉と叫ぶ。ババの輪の中でどよめきが起こる。
「これも?これもみっつで一万円になんの?」とババはクリスタルを指差す。
「いいえ。それは別になっております」
「これもこれもみっつで一万円にしてぇ」
「申し訳ございません。こちらは別途になっております」
などという、ババと店員のやりとりの間に〈全身ホームレス〉とおぼしき、というか臭いだけで丼三杯は戻せるようなオヤジが紛れ込み、クリスタルの前に立つ。

「ねえ?ねえ?これ、でえやもんど?」
店員は始めこそ無視をしていたが、常軌を逸したホームレス・リフレインに押し潰される。
「そこに書いてあるとおりです」
「ねえ。でえやもんど?」
「書いてあるでしょう」
「でえやもんど」
「クリスタルです」
「いくら?このでえやもんど、いくら?」
「書いてあるとおりです」
「いくら?いくら?この、でえやもんど」
「二万円。クリスタルです」
「二万円?二万円で買えるのか、安いなこのでえやもんど」
 
 知のブラックホールと化した男はなぜか突然に横のババにキスをしようと唇を手向け掛けるが、ババの惨殺熱視線に撫で斬りされ、不発。
とぼとぼと階段の定位置に戻っていく。

 私も喉まで「ねえ?このでえやもんど、いくら」と言いかけたが、まだ殺されたくなかったので指をくわえて帰宅した。


…俺のいくじなし。